死生観

死を身近に感じた人は、身近な人間の弱さを感じることができるのだろうか。

私がメンタル落ち目になる時になぜか2度連続で連絡をくれた。

一度目は4月。

大好きな人とチャットをしていて諦めようとしている気持ちでいたところを揺られていたその瞬間。

パソコンでチャットをしながら、電話をしていた。内容は特にないのだけど、それに少し救われた。言わなくていいことまで多分伝えないで済んだのかもしれない。

そして、今週も同じ。1ヶ月半ぶりに大好きな人と再会する日、楽しみよりも不安の方が上回っていたときに、4月ぶりに連絡をくれた。

私の生い立ちから何からで勝手に私を「かわいそうな人間」に仕立て上げてディスるのだが、それでもやっぱり救われているのだと思う。

たまにしか会えない相手ともう何を話していいのかわからない。

そんな感じで四半世紀の付き合いの人に聞いてもらった。

私は今、誰かを必要としない、必要とされない自分を目指しながらもやっぱり必要としたい、必要とされたいのかもしれない。

その人は私のことを「必要とされたら損得考えずに動いちゃうのにね」と評価した。

そういうことか。私は自分が必要とされないと思っていたが、同時に相手に対しても必要としてない態度をしていたのかもしれない。

そう思えたら少しだけスッキリした感じがする。

だからと言って終わりにしたい気持ちが変わったわけでも生き方を変えるつもりもないけど、少しだけ身体の中の流れが生じた気がした。