死生観

3年後の今頃は1111日以降になっているから私はどうしているだろう?

令和3年の誕生日から1111日後に「終わりにする」を決めてからだいぶ生きやすくなってきた気がする。

その先、考えてもしょうがない未来を考えなくてもいいと思えるようになったからなのだと思う。

その「終わり」はどういう形なのだろう?

一番素敵なのは人生そのものの終わり。

それが出来なければ、今の生き方の終わり。

まるで知らない人の中で生き直すということなのかもしれない。

とりあえず今の生活全てを終わりにしたい。人間関係含め疲れた。

続けようとすることはかなりストレスだ。

これを他人に言えばなぜか「みんなそうだよ」って言うだろう。

私にしてみると「だから?」ってことにしかならない。

他人は他人なんだよ。そして私は私で。

だから私の考え方を押し付けるつもりも話すつもりもない。

とりあえず今、一番大切だと思う人間には伝えたが、軽く流された。それでいい。

止めてもらいたいわけではない。思いつきでしたことではないと3年後に知ってて欲しかっただけ。

ふぅ〜。

この考えが変わる時が来るのか?

先日、美容鍼を受け、なんかストンと腑に落ちた感じがあったけど、だからと言って人生を変えるつもりはないのだけど。

私の人生は私が決める。

生は決められない。

でも、終わりはきめられていいのではないだろうか?

生を決めた人間は既にいないのだから。