死生観

私が突然のように「終わりにしたい」と思い出したわけではない。

きっかけは2018年に同級生が死んでもおかしくない病気で倒れたことだった。

母が同じ病気だった。

彼女は一命を取り留めた。

その時に、思ったのは同級生の誰かを送るのは嫌だなってことだった。

学生時代からそこまで仲が良いわけでもなく、自分自身、仲間意識なんてない。

それでも、連絡が回り回って来てしまう。

もう嫌なんだよね。

親が亡くなったもあるだろう。

それでももう、誰とも会いたくないんだよね。

中途半端に付き合いをするのが苦痛でもあり、そこまで入り込みたいとも思わない。

人として、人と付き合うことが苦痛になってきていると言える。

誰かが悪いわけでもなく、自分の問題。

これで誰かが親切心で近寄ってきたとしても私は排除してしまうだろう。

受け入れられるだけの気持ちはないから。

今、自分があるのは「仕事しなきゃ」だけ。

まだ関わる人数が少ないから救われているような感じだ。

これが関わる人数が増えればそれはすごいストレスになる。

そして形として「終わりにしたい」と書き出したのも実はやっと目標を達成したから。

親の遺産としてまだお金の価値もわからない時期に相続された。

私はそのお金をバカなことに名前も知らない男に盗られてしまった。と言っても騙された自分が悪いのだけど。

親の遺族年金を叔母が増やしてくれたってことなんだけど。

私はその叔母が大嫌いだった。

今になってやっと感謝なんだけど。

そう、そのお金と同額がやっと貯められたからってことかもしれない。

そのお金の価値がやっとわかったから。これで親に対して、叔母に対して世の中に対して思い残すことないなって感じで。

ここから仕事をしたとして、私の貯蓄は増えていくのだろうが、そのお金はどうするのだろう?

離婚してなきゃ夫に行くのか?

ま、どんな形であれ人がいなくなれば誰かに手間がかかるわけで。その手間をかけてくれた人にいくシステムになってればいいのに。

ま、身の回りは綺麗にしていこうとは思うけど。